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「#13 希林さん」風の歳時記

「#13 希林さん」風の歳時記

 「これ、コピーしておいて」「珈琲、お願い!」「〇〇さんに電話しておいてくれる?」

これは職場のイヤな上司。

 「掃除くらいちゃんとやっててよ」「疲れて帰ってきたのに、こんな晩飯はないだろ?」「オレをいらつかせるなよ」。これは、家庭でよくみられるモラハラ夫の言いぐさ。

 私も、ごくたまに、ないこともないなと反省するのだけれど、自分でできることを、いつも平気で他人にさせたがる人を見ると、ヤレヤレと溜め息が出てしまう。自分の人生の幅や深みを自ら手放すような、なんと勿体ないことをしているんだろう、と。

 樹木希林さんがずっと気になっていた。「寺内貫太郎一家」や「ムー一族」の頃から、この怪しげな俳優に妙に惹かれていた。さらに、近年になって、ハンセン病回復者への偏見の悲しみを淡々と描いた映画「あん」、育児放棄や格差の拡大、社会的弱者への無関心などを静かに告発する映画「万引き家族」の中での彼女の存在感は「いぶし銀」などというレベルではない。息を呑むほど圧倒的だった。

 その希林さんがテレビ朝日の「徹子の部屋」に出演したときのこと。JR東日本が発行するICカード・Suicaを知らなかった黒柳徹子さんに、「あなた知らないの?」と希林さんが財布から出してみせるシーンがあった。マネージャーも運転手もいない。出演オファーには自分でギャラを交渉し、衣装は自分で見繕うか、お古に手を入れる。海外に行くときも、自ら航空便と宿泊先を予約する。近場を移動する時には自分で運転するか電車で、というのは彼女にとっては当たり前のことだった。「テレビで芸能人がSuicaカードを財布から出したのを初めてみた!」とネットで評判になった。のちに、希林さんはこう語っている。

 「私、とにかく今、一人でやっているでしょ。ここに来るのも一人、何をするのも一人。誰かに頼むとその人の人生に責任を持てないから」

 乳がんから全身のがんへ。その頃から、希林さんを包み込んでいた皮が、もう一枚剥がれていったような気がする。「この年になると、ガンだけじゃなくていろんな病気にかかりますし、不自由になります。腰が重くなって、目がかすんで針に糸も通らなくなっていく。でもね、それでいいの。こうやって人間は自分の不自由さに仕えて成熟していくんです」

 どんな人生にも春夏秋冬があるのだろう。鰯雲が浮かび、虫の音がすだき始め、「冬支度をそろそろ」と思う人生の秋にはそれらしい生き方が、時雨の午後にツワブキの黄色い花が目に留まる人生の初冬には、それにふさわしい生き方があっていい。

 「靴下でもシャツでも最後は掃除の道具として、最後まで使い切る。人間も、十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるということだと思う」と希林さんは語っていた。

 6年前の9月、秋が足早に近づき始めた頃、希林さんは逝った。75歳だった。

自分でできることは自分でする。誰でもできそうで、しかし、容易ではない、そんなシンプルな生き方を貫き通した。 

本当に見事な女性だった。

MBCラジオ『風の歳時記』
テーマは四季折々の花や樹、天候、世相、人情、街、時間(今昔)など森羅万象。
鹿児島在住のエッセイスト伊織圭(いおりけい)が独自の目線で描いたストーリーを、MBCアナウンサー美坂理恵の朗読でご紹介します。
金曜朝のちょっと落ち着く時間、ラジオから流れてくるエッセイを聴いて、あなたも癒されてみませんか。

読み手:美坂 理恵/エッセイ:伊織 圭

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