慶応4年3月14日 西郷と勝 2回目の会談
きょうは慶応4(1868)年3月14日です。新政府軍の江戸総攻撃の予定があすに迫る中、西郷隆盛と旧幕府側の代表・勝海舟は、2回目の会談を持ちました。
勝海舟は江戸の薩摩藩邸に出向き、きのうに引き続き西郷隆盛と会談を持ちました。
西郷は今月9日、旧幕府側の使者山岡鉄舟と会談し、和平条件を提示しています。内容は、「江戸城の明け渡し」や「陸海軍の武装解除」「慶喜の備前移送」などです。
これに対し、勝はきょうの会談で降伏の条件として、「江戸城は徳川一族の田安家が預かる」「武器の一部は徳川家に戻す」「慶喜は実家の水戸藩で謹慎」など、和平条件を事実上拒否する内容を示しました。
しかし西郷は、あすに迫った江戸総攻撃を一旦中止し、勝が示した条件を京都で朝議にかけると勝に約束しました。
西郷が総攻撃の中止を決断したことで、江戸は戦火をまぬかれました。
一方、天皇は、きょう新政府の基本政策を示す「五箇条の御誓文」を示しました。御誓文は、「幅広い人材で会議を開き、世論を尊重して政治を行う」「身分の上下を問わず、心をひとつにして国を整える」など5項目です。