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慶応4年1月30日 旧幕府軍 微妙な立場も…

きょうは慶応4(1868)年1月30日です。賊軍とされた旧幕府側では、微妙な立場に立たされている指導者もいます。

徳川家存続のため朝廷への恭順に舵を切った前将軍・慶喜ですが、旧幕府側の指導者、会津藩主・松平容保と桑名藩主・松平定敬は、再戦への望みを捨てていません。

守護職と所司代として京の治安を守ってきた2人は、天皇への忠誠を誓ってはいますが、新政府は薩摩・長州の陰謀で朝廷とは別物という認識です。
再戦を主張する容保と定敬ですが、慶喜が恭順へと転じた今、旧幕府内での立場は微妙なものとなっています。

桑名藩の国許では、藩主・定敬の意志を差しおいて、家老が新政府側に謝罪書を提出しました。降伏した桑名に対し、新政府軍の東海道部隊は、おととい28日に桑名城を接収し、落城のしるしとして、天守閣代わりの櫓に火を放ちました。

祝砲で騒ぎ立てる騒動も起きたということですが、会津や桑名に反感を持つ薩摩・長州の人々の中には、これを当然と捉える向きもあったようです。