明治元年10月5日 盛岡藩の武装解除
奥羽越列藩同盟で新政府軍に降伏していた盛岡藩の武装解除が行われました。
盛岡藩は奥羽越列藩同盟の一員として、新政府側についた秋田久保田藩を攻めていましたが、会津藩、庄内藩とほぼ時を同じくし、先月25日に降伏しました。
きょう盛岡藩では新政府軍によって武装解除が行われ、大砲186門、小銃6千638挺などが薩摩・長州の部隊に引き渡されました。盛岡藩では、家老の楢山佐渡が新政府軍に対し一貫して強硬策をつらぬき、藩が降伏した3日後の28日まで秋田久保田藩との国境で抗戦を続けていました。
奥羽越列藩同盟では、河井継之助が指揮した長岡藩、酒井玄蕃らが新政府軍を圧倒した庄内藩、1か月に渡り籠城した会津藩の戦いぶりが注目されましたが、最後まで新政府軍に抵抗していたのが盛岡藩でした。
盛岡藩の武装解除で、奥羽越列藩同盟と新政府の戦いは名実ともに終結しました。