明治元年9月26日 庄内藩 降伏
きょうは明治元年9月26日です。庄内藩が、新政府軍に降伏しました。東北での戦争はこれで終結することになります。
庄内藩は、きょう鶴岡の東およそ25キロの新庄藩・古口に前進していた新政府軍参謀・黒田清隆のもとに使者として中老・水野藤弥を派遣し、謝罪状を提出して降伏しました。黒田は、鶴岡城の開城や、藩兵の武装解除、国境の兵の撤退など降伏の条件を示しました。
水野との会談を終えた黒田はきょう夕方、鶴岡城下に入り、藩の学校致道館で藩主・酒井忠篤に会い、降伏を確認しました。
奥羽越列藩同盟側で最強を誇り、領内への侵攻を許さなかった庄内藩でしたが、米沢藩、仙台藩に続き、ともに朝敵とされた会津藩も降伏した今、戦争を継続する意味はないと降伏の道を選びました。庄内藩2番大隊を指揮し、新政府軍から鬼玄蕃と恐れられた酒井玄蕃は、前線から撤退したあと、「涙を収めて、強いて城に登る」と悲しみを漢詩で詠んでいます。
庄内藩の降伏で、およそ5か月に渡った新政府軍と東北・北越諸藩との戦いは終わりました。