自衛隊の海外派遣

きょうは自衛隊の海外派遣です。平成に入ると、国際情勢の変化もあって海外派遣が始まりました。県内の部隊からはこれまでに5か国での任務にのべおよそ920人が派遣されています。
しかし、自衛隊の海外派遣の是非や任務のありかたをめぐっては今も賛否があります。岩崎キャスターの報告です。


昭和29年に発足した自衛隊。
日本の平和と独立を守り、外国からの侵略に対応するために創設されました。専守防衛のための組織で、自衛隊が海外へ派遣されることはありえないというのが長く一般的な考えでした。

しかし。

(海部俊樹元首相会見)「平和が回復した状況の下で我が国船舶の航行の安全を確保するために、支障がある時に、海上に遺棄されたと認められる機雷を除去する。」

平成3年、イラクによるクェート侵攻に対しアメリカなど多国籍軍が戦った湾岸戦争。
「カネは出すが人的貢献はしない」と欧米諸国から批判されたことをうけ海部内閣は、ペルシャ湾の機雷を除去するため、海上自衛隊の掃海艇を派遣しました。これが自衛隊初の海外派遣でした。

これが転機となり、政府は「国際貢献を果たすため」として、自衛隊の海外派遣を積極的に行うようになります。
平成4年にはPKO協力法が成立。平成15年には、イラク特措法が成立しましたが、いずれも国会は紛糾しました。


平成16年。自衛隊のイラク派遣で、一次部隊の指揮官として入ったのは、鹿児島市出身の陸上自衛官でした。
番匠幸一郎さんは平成16年2月から5月まで陸上自衛隊イラク派遣部隊で最初の指揮官を務め、支援部隊として、主に医療や給水、公共施設の復旧・整備にあたりました。番匠さんは、平成27年に陸将を最後に退官し、現在は東京の一般企業に勤めています。

(番匠幸一郎さん)「イラクの人たちには大変感謝をされたと思っている。日本の名誉を担って来ているので、歴史に対して恥ずかしくない姿勢を見せる。アメリカ、イギリスをはじめとして国際的な協力も大きな意義があった。」

しかし、当時のイラクではまだ戦闘が続いている地域があり、政府は、自衛隊の活動する地域は、「非戦闘地域」としましたが、戦闘地域との区別をつけられるのか、議論となりました。

また、イスラム過激派がアメリカの協力国はテロの標的になるとの声明を出していたこともあり、イラク派遣をめぐっては、賛否が渦巻きました。

「どちらかにしろと言われたら賛成。」
「テロを野放しにするのもどうかなと思う。」
「反対。戦わないと言っているが、今はちょっと…。」
「自衛隊が行ったら日本が狙われる。」

戦闘が続いていた当時のイラクでは多国籍軍を狙ったテロも相次ぎ、隊員の安全が確保されるのか懸念する声もありました。

自衛隊がイラクで活動していたおよそ5年の間、宿営地に迫撃弾が打ち込まれたり車列への投石などがありましたが、自衛隊員の人的被害はありませんでした。
しかし、防衛省によりますと、イラク派遣が始まってからのおよそ4年間で、帰国した隊員のうち16人が自殺しています。

(番匠幸一郎さん)「組織的な武力紛争は終わったが、小競り合いとかはあるから、訓練している通りに対応するということで、隊員たちは沈着冷静にしていた。イラク派遣とその後の隊員たちの自殺の因果関係はそれぞれ。一概に決めつけるできない。」


国際関係論が専門の鹿児島大学の木村朗教授は、海外での任務は隊員が感じる緊張感も桁違いで、海外派遣は見直すべきと話します。

(木村朗教授)「戻ってきた自衛隊員から自殺者が出ている。うつ病、その他のトラウマ、PTSDで苦しんでいる人はもっといるだろうということも容易に想定できる。そういう問題を考えれば、国際貢献=軍事貢献、しかも対米貢献ということで、実質上の戦争協力を行おうとしていること自体が見直されるべき。」

平成27年9月。戦後70年のこの年、集団的自衛権の一部行使を可能にすることなどを柱とする安保法制が成立。自衛隊によるアメリカ軍への後方支援が世界中どこでも可能になるなど、自衛隊の任務の範囲は格段に広がりました。
安保法は、翌28年3月に施行されました。

(国分駐屯地・中隊長)「きょうから安保法が施行されて、いろいろ自衛隊に与えられる任務も増えてくると思うけど、与えられた任務をこれまで通りやっていくことに何ら変わりは無い。そういう認識でやっていきましょう」

自衛隊に求められる任務が広がった一方で、イラクや南スーダンに派遣されていた陸上自衛隊の活動日報があったにも関わらず、防衛省と自衛隊が「ない」としていた問題も今年発覚。木村教授は、平成26年に施行された特定秘密保護法もあり、自衛隊の海外派遣について、国民が検証できないおそれがあると指摘します。

(木村朗教授)「事実関係を記した第一次資料が記録されていない、あるいはあったとしても隠蔽されているということでは、国民が主体的に検証することが不可能。そして秘密保護法ができている。今後行われる自衛隊の海外の活動については国民の知る権利が侵されかねない。」

一方で、国際社会の一員として日本が役割を果たすため、自衛隊の海外での任務の重要性はこれからも増すと番匠さんは話します。

(番匠さん)「国際貢献、積極的に平和を構築するためにできるだけの活動をするのはこれから先も日本の方針としては大事。」

平成は、自衛隊の任務や役割が大きく広がった時代でした。

拡大する任務の中で、どう隊員の安全を確保するのか?どう透明性を確保し、国民の理解を得るのか?次の時代への課題です。