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地域再生 「行政に頼らない地域再生」やねだん・豊重哲郎さん

シリーズ「平成と鹿児島」です。「行政に頼らない地域再生」で全国から注目された「やねだん」こと鹿屋市の柳谷集落です。

人口減少に少子高齢化も加わって地方の衰退が目立った平成の時代に、リーダーとして逆風に立ち向かった豊重哲郎さんに平成、そして新たに始まる令和の時代での地域活性化について聞きました。

(豊重哲郎さん)「やねだんは日本のモデルと言って良いくらい地域の人みんなが誇りを持っている。活動がいきがいにつながっている平成だった。」

豊重哲郎さん78歳。鹿屋市の柳谷集落、通称「やねだん」の町内会長です。平成8年に町内会長に就任した豊重さんは「行政に頼らない地域再生」を目指し、取り組みを始めました。

やねだんは大隅半島のほぼ中心にあり、畑に囲まれたどこにでもある小さな集落のひとつでした。

(豊重哲郎さん)「財源がないとだめ。財源を蓄財するためには生産活動しかない。」

肥料や家畜のえさとして利用する土着菌やサツマイモ、オリジナル焼酎などを作って販売。評判を呼び、全国から視察も訪れました。

(豊重哲郎さん)「地域おこしは人・海・戦・術。」

笑顔で集落の活動を引っ張る豊重さんでしたが、当初、特に苦労したのが住民から信頼を得ること。心の中は穏やかな時ばかりではありませんでした。

(豊重哲郎さん)「俺がここ突破しないとやねだんは永遠ではない。俺が逃げたら終わりだという時の1日は何十時間も長く感じた。」そして、取り組み開始から10年後の平成18年。余剰金が500万円に達し、122あった全世帯にボーナスが配られました。

「ボーナス、金1万円なり。」(女性住民)「大切に使う。」(男性住民)「1万円あったら良い物が買える。魔法瓶とか。」

また集落に移住するアーティストを全国から募集し、子どもたちも参加する芸術祭を開きました。

 

独自の取り組みが全国的に注目されたことからUターンする人や県外からの移住者が増え、減り続けていた人口は平成19年度と20年度に2年連続の増加に転じました。その後は再び人口が減っていますが、豊重さんはやねだんの機能を維持するには子どもの割合を保つことが必要と話します。

(豊重哲郎さん)「集落機能を維持するためには人口の1割くらいを若い人がいればということが、私がずっとテーマにしている持続可能なやねだん。」

去年のやねだんの人口は254人。そのうち0歳から14歳までの年少人口は33人で、全体の13%でした。豊重さんは、子どもたちにやねだんの魅力をしっかりと伝えられれば、進学や就職で集落を離れても卒業や結婚などを機に戻って来て、集落を維持できると考えます。

(Uターンした住民)「(Q.やねだんの帰ってきたいと思ったのはどうして)温かい雰囲気が良い。あちこちで話を聞く。」

 

現在Uターンで集落に暮らす20代と30代は16人いて、やねだんの取り組みを支えています。

(豊重哲郎さん)「持続可能は人材。人は宝。ここに早く手を打った教育配慮があって良かった。」

地方ではいま、住民グループや、移住した地域おこし協力隊などが地域の活性化にむけ頑張っています。

先月、総務省の「ふるさとづくり大賞」で総理大臣賞を受賞した豊重さん。地域活性化の第一歩は信頼だと語ります。

(豊重哲郎さん)「身近な人から信頼していく社会が1つの町内会の細胞。地域おこし協力隊員とか外から仲間として手を挙げて来た人たちに大きな声で『慌てなくていい。身近な人たちとの信頼のキャッチボールから自分の人間力を高めていこう。』と言いたい。」地域再生のリーダーに求められることとして、3つを挙げます。

(豊重哲郎さん)「リーダーはアイデアが宝庫な企画力。2つ目は演出力。いかにその人を主役に持っていく演出ができるか。3つ目は補助金ではなくて財務力。これだけの財源があるから、テーマを考えつけば、財務力は何百倍にもなって子育てにも使える。」23年間、やねだんの先頭を走り続けた豊重さん。地域再生への意欲は衰えません。

(豊重哲郎さん)「(Q.豊重さんにとってのやねだん)トライ、挑戦。正面突破、逃げるもんか、絶対向かっていく。3年後、5年後見とけ。絶対に目標到達できるというトライ。だからできた。1つでも補助金に頼っていたらこんなことできない。」

やねだんが再生を遂げた平成の時代はまもなく終わりますが、新たな令和の時代も挑戦は続きます。