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明治元年12月5日 新政府 会津の処遇について会議

きょうは明治元(1868)年12月5日です。東京では、大久保利通と木戸孝允らが会津藩の処遇について話し合いを持ちました。

大久保利通と木戸孝允らは、朝敵とされ討伐された会津藩の処遇について会議を持ちました。

会議の詳細は明らかにされていませんが、東京に身柄を移送されている松平容保・嘉徳の藩主親子を死罪とするかどうかと23万石の領地をどれだけ減らすかが議論となったとみられます。

政府関係者によりますと、木戸ら長州側は、会津に対して厳罰を下すよう主張した一方、大久保ら薩摩側は比較的寛大な処置を主張し、意見は平行線をたどったということです。
木戸ら長州側が厳しい処分を主張する背景には、安政の大獄で吉田松陰が処刑されるなど幕府側に弾圧されたという思いがあるとみられます。

一方、公武合体の立場だった薩摩は、4年前・元治元年の禁門の変では、京都へ攻め入った長州に対して、会津と共闘した経緯があります。薩摩と長州では、会津に対する感情が異なることが議論が平行線をたどる背景にあるとみられます。