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明治元(1868)年11月2日 東征大総督府解散

新政府は、旧幕府勢力の討伐軍の中心だった新政府軍東征大総督府を解散しました。

東京に滞在している天皇は、新政府軍・東征大総督の有栖川宮熾仁親王を呼び、旧幕府軍との戦争の功績を称えた上で、大総督の任を解きました。

親王は、去年2月の出陣の際授けられた錦の御旗と天皇の権限を代行する意味を持つ刀=節刀を天皇へ返還しました。あわせて東征大総督府の下参謀西郷隆盛もその任を免ぜられることになりました。

蝦夷地では榎本武揚率いる旧幕府軍が五稜郭を占拠し、松前藩を攻めて戦闘が始まっていますが、天皇と新政府は、戦争が終わったものとみなしているようです。いっぽう東京には、会津藩の松平容保・喜徳の藩主父子が護送されて到着し、因幡鹿奴藩主と久留米藩主の屋敷へ幽閉されることとなりました。新政府は容保親子に領地没収と終身禁錮の処分を下す方針です。

大変厳しい内容で、新政府に抵抗してきた奥羽越列藩同盟側に対しての見せしめ的な処分といえます。