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明治元年9月28日 会津と庄内の薩摩藩兵

一連の奥羽越列藩同盟との戦いが終わったことを受け、薩摩藩の得能良介が、会津の鶴ヶ城下に入り、兵を慰問しました。
得能良介は、藩主・島津忠義の側近です。

きょう鶴ヶ城下に入った得能は、1か月におよぶ会津攻略戦を戦った薩摩藩兵に忠義からの慰問書を披露し、慰労金を与えました。
いっぽう、おととい降伏した庄内藩に入った薩摩藩兵の様子も伝わってきています。
庄内藩兵の伍長人見堅治によりますと、きのう国境で官軍を出迎えるよう指示を受け、待っていたところ、薩摩の部隊が現れました。
人見が隊長に会釈すると薩摩藩兵の全員が丁寧に会釈を返したということです。

また、途中で休憩に立ち寄った村役人の家では、庭先に置いた畳の上に腰かけが用意され、「土足のままで」と勧められましたが薩摩の兵たちは固辞し、わらじを脱いで畳に上ったということです。人見は「薩摩の人は何事も行き届いている」と感じ入ったと話しています。