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慶応4年8月13日 新政府軍に会津攻撃の命

きょうは慶応4(1868)年8月13日です。新政府軍に会津攻撃の命令がくだりました。

東征大総督府は、きょう奥州各地の部隊に対し「戦力を前進させ会津を攻撃するように」との命令を出しました。軍の主力は、伊地知正治ひきいる薩摩藩兵と、板垣退助ひきいる土佐藩兵です。

新政府は、会津を朝敵として、討伐を目指していて、これまで会津周辺の常磐地方の諸藩や二本松藩などを攻略し、会津侵攻の準備を進めてきました。

対する奥羽越列藩同盟側では、北越で新政府軍を苦しめた長岡藩家老の河井継之助が、南会津の塩沢に入りました。

歴戦の河井ですが、先月の長岡城の攻防戦で、足に銃弾を受け、破傷風となっていて、会津での戦いに加わるのは困難とみられます。

会津と奥羽越列藩同盟は厳しい戦いを強いられそうです。