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合併・単独 それぞれの選択

きょうは市町村合併です。

いわゆる「平成の大合併」。
県内では平成16年から平成22年までの間、96あった市町村が43になりました。

このうち21市町村は合併せず、単独の道を選びました。
ふるさとの形が大きく変わった平成で、合併・単独とそれぞれの選択をした町がどのような時代を送ったのか。


鹿児島市喜入町で、住民の足となっているコミュニティバス「あいばす」です。
高齢化が進む旧喜入町では鹿児島市への編入を機に、住民サービスの一環で、このバスが走り始めました。

現在の鹿児島市は、鹿児島市に吉田町、郡山町、松元町、桜島町、喜入町の周辺5町が編入し、平成16年11月に誕生しました。
面積は2倍、人口も60万人を超えました。

国は市町村の財政力強化などを掲げ、平成の大合併を推進。合併すれば、町づくり事業などに、国が3分の2を補填する「合併特例債」で後押ししました。

鹿児島市も、315億円の交付を受けました。

この中で、旧喜入町では、「あいばす」の運行を始めたほか老朽化した町の庁舎を建替え、喜入支所を新設。これまでなかった中央公民館も併設しました。

(鹿児島市喜入支所 福重正史支所長)「エレベーターホールの腰壁については、同じように前之浜小学校の体育館の床を改修する際に発生したヒノキ材を使って、この腰壁を作っている」


長年、町内会活動に関わっている原口学さんは、合併後、市からの補助金で地域行事がやりやすくなった一方、寂しさもあるといいます。

(喜入校区コミュニティ協議会・原口学会長)「前の喜入町内の行事には、役場の職員も動員して、その行事に参加して、その行事をやっていたけど、支所の職員に、全員動員というのは中々できないので、そのあたりは、寂しくなったというんですかね」

旧喜入町では、平成12年の国勢調査でおよそ1万2800人だった人口が平成27年には1万1300人と1500人近く減少しました。
財政基盤が強化された反面、高齢化が進む地域の活力をどう保っていくのか課題は残ります。


一方、合併せずに単独を選んだ市町村にとって、平成はどんな時代だったのか。

大隅半島の東に位置する大崎町。
旧志布志町、有明町、松山町との合併を探っていましたが、住民投票の結果、わずか19票差で単独が決定。町を2分した合併問題でした。

当時から、舵取りを担ってきた東靖弘町長にとって平成は、苦労の連続でした。

(大崎町・東靖弘町長)「やはり財政ですね。しっかり町を維持していけるのか、住民の皆さんが一番不安に思っていることでもあったので…」


合併特例債の恩恵を受けられない大崎町が、真っ先に取り組んだのが、歳出の見直しでした。
ごみの焼却炉の建設を凍結し、リサイクルを推進。分別は27品目に細分化しました。

住民と地道な努力を続けた結果、リサイクルによる益金は最大で年間1000万円を超えました。
ごみが減ったため、焼却炉を作る必要がなくなり建設費およそ10億円を節約できました。
自治体のリサイクル率としては、11年連続で日本一を続けています。

しかし、福祉や教育の充実にあてる予算は不足。
そこで税収を増やすために取り組んだのが、平成20年度に全国で始まった「ふるさと納税」でした。

大崎町は平成27年度から本格的な取り組みを始めました。
(大崎町・東靖弘町長)「これ以上、借金を増やせないとか、そんなのが私の中でひしひしとあったので、この制度ができて、すっごくよかったと感謝しました」

住民税の一部を生まれ故郷や応援したい自治体に納められるふるさと納税制度。
全国から大崎町を納税先に選んでもらうため、力をいれたのがふるさと納税した人に贈る返礼品です。
平成27年から職員が町内の事業者に広く声をかけ、返礼品向けの商品開発などを説得し続けたといいます。


その熱意に応じ、返礼品事業に参加した坂元健太郎さんです。
家業のレストランの傍ら、坂元さんは、返礼品向けの「冷凍焼きプリン」を開発しました。
大崎町でとれるマンゴーやキジの卵を使っています。商品を開発する過程で、地域のつながりができました。

(サザンクロス・坂元健太郎さん)「ふるさと納税きっかけで、全然知らなかった農家の人とか、いろんな異業種の人とかと知り合えたことによって、あ、地元でもこんなすごいことしているんだなと知るきっかけにもなった」

この冷凍焼きプリンは返礼品として全国で好評に。
町内の事業者が熱心に取り組んだことで、平成27年度の大崎町への「ふるさと納税」寄付金は、27億円を超え、町村別で日本一に上りつめました。
それまで60億円前後だった町の年度予算は、わずか3年で、80億円まで成長。
18歳以下の医療費を無償化し学校給食費の半額引き下げなど、子育て支援を充実させました。

(大崎町・東靖弘町長)「ふるさと納税とか、リサイクルとかそういった面で、非常に大崎町の名前を発することができたし、いろいろ模索しながら、また次の時代に向けて進んでいくんだということをやらなければいけないと思っている」

一方、坂元さんは、大崎町で暮らしていく自信を深めました。
(坂元健太郎さん)「大崎町は合併しなかったので、ピンチの中にもチャンスはあると思うし、大変だからこそ、達成したときの楽しみもあると思う。そういう仲間と時代を乗り越えて行きたいと思う」

平成の大合併で単独を選び、チャレンジし続けた大崎町では、地域の活性化という副産物が生まれました。

合併した市町村も単独を選んだ市町村もさらなる人口減少と高齢化に直面する次の時代。
未来のふるさとをどう形づくって行くのか?今後も手探りが続きます。