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農村再生へ…「学校」立ち上げた農家

きょうのテーマは、農家の高齢化や後継者不足などから疲弊していく農村です。
農村を再生しようと、個人で、ある「学校」を立ち上げた農家を取材しました。


田植え間近の先月下旬、霧島市溝辺町竹子でアイガモの雛を水に慣らす男性がいました。
萬田正治さん(76)。アイガモを水田に放し、雑草や害虫を食べさせる「アイガモ農法」に取り組んでいます。

(萬田正治さん)「一番、アイガモ農法で大事なところは、田んぼで育てる苗とアイガモの雛の大きさのバランスをちゃんと取ること」

佐賀県出身の萬田さんは、平成2年(1990年)に鹿児島大学農学部の助教授時代、「アイガモ農法」の研究を開始。
平成15年(2003年)、鹿大の副学長を辞めて竹子に移住し、農業の道に入りました。

平成18年(2006年)には、農業の基礎を教える塾を立ち上げ、今年春、それを発展させた「霧島生活農学校」を開校しました。

社会人向けの座学中心のコースや、一年を通じてコメづくりを体験するコースなどがあり、行政の補助金に頼らず授業料や寄付金などで運営しています。


今月2日、霧島生活農学校の開校式が田んぼで行われました。

生徒はおよそ120人で、大学生や自営業など職業や年齢、住む地域は様々です。

(生徒 迫耕三さん)「人が集まってこういうふうにやるのは気持ちがいい。いろいろな人と知り合う場所でもあるし」
(生徒 梶原フミ子さん)「農薬とか使わなくてもおいしいコメが出来るというのを萬田先生から教えてもらって。体も健康になるのではないかと考え、参加した」

(萬田正治さん)「15年、私が思い立って、ようやくきょうその日を迎えたので、こんなうれしいことはない、生きててよかったと」


萬田さんは、日本の国土の7割を占める中山間地は、土地が狭く、いま国が進める農業の大規模化には向かないと考えています。

「霧島生活農学校」を設立した理由を小規模な家族経営の兼業農家「小農」を育て、農村の担い手をもっと増やすためだといいます。

(萬田正治さん)「このままいけば農村は消滅する、農業をすることがどんなに楽しいのかということ、そのことを伝えていきたいし、そしてまたみんなが中山間地で暮らせる農村が再生していくことが僕の願い」

平成の時代、県内の農家は半分以下に減少し、平均年齢も7歳上昇しました。
耕地面積は2万3700ヘクタール減少し、東京ドームおよそ5040個分がなくなりました。

萬田さんは、「平成」は農村の衰退が進んだ時代だと指摘します。

(萬田正治さん)「日本の戦後の復興は工業でいこうとした、工業立国を目指したわけですから、当然のことだと思う、農業・農村が衰退していくというのは、特に平成に入ってから(貿易)自由化、国際化という波が押し寄せてきて、いま農業の生きる道は輸出に強い農業だけを残そうとしている、それは大型化、あるいは企業化、その方向で乗り切ろうと今している」


萬田さんが暮らす竹子の宮川内地区です。
現在65戸。平成の30年間で15戸ほど減りました。

(萬田正治さん)「お葬式が多い、この地域でも、どんどん閉鎖でしょ、小学校は、この現実にもっと気がついてほしいと思う、目先の景気ばっかり追っかけているみんなまだ、もう危ないところまできている農村は、みんな感じている農村にいる人は、でもみんな黙っている、あきらめているというのもあるのか」

宮川内地区でナシ園を経営する公民館長の剥岩利作さんも地域の将来に厳しさを感じています。

(剥岩利作宮川内公民館長)「まず子どもがいなくなったということ、昭和の時代、中心になっていた40代、50代の人が70、80歳となって高齢化が進んで、次の世代が(地域の)行事をやっていくのは厳しいかなと」


深く、静かに進んでいく農村の衰退を食い止めたい。
萬田さんの考えに共感し、竹子に移住した人もいます。

間世田潤子さんは、萬田さんの研修生だった11年前、鹿児島市から移住しました。
(間世田潤子さん)「自然が豊かで、水がきれい、空気がきれい、子どもを育てるにはとても適した環境だと思う」

霧島生活農学校を立ち上げたメンバーのひとり、讃井ゆかりさんも去年、竹子に移住しました。今後、料理教室のほか、人が交流するカフェのオープンも計画しています。

(讃井ゆかりさん)「ここに集まる人が、食の大切さ、安全さを意識する人が集うようなコミュニティーが出来るような場所になっていったらいい」


萬田さんは、霧島生活農学校では農業にとどまらず、地域をリードする人材を育てたいと話します。

(萬田正治さん)「地域をまとめる力を持つ人を育てていこうと思う、自分の経営さえよければいいという農家ではなくて、この集落のみんなのことも考え、みんなとともに、ここをよくしていく人を私は農学校で育てたい、そういう意味では単なる農家の後継者養成ではない、私の学校は地域の後継者養成をしたい」

農村の衰退が顕著になった平成。
次の時代へむけ萬田さんたちは農村を立て直す挑戦を始めています。