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慶応4年5月14日 新政府軍 あす彰義隊を総攻撃

きょうは慶応4(1868)年5月14日です。新政府の東征大総督府は、あす15日をもって上野に集まる彰義隊を討伐すると発表しました。

旧幕臣の天野八郎に率いられた彰義隊は、上野・寛永寺を拠点に勢力を拡大していました。

彰義隊を攻撃するかどうかは、江戸城の新政府東征軍内部で意見の対立がありましたが、軍務官判事で長州の大村益次郎の策が採用され、あすの総攻撃が決まりました。

大村は、江戸のまちなかに戦火が広がらないよう短期決戦を考え、きのう、東征軍に参加している諸藩に命令を出しました。

最も激戦が予想される正面の攻撃には薩摩藩兵を配置し、上野の背面は長州藩兵などが固めます。

また、肥前佐賀藩のアームストロング砲など強力な兵器も投入される予定です。
あすの総攻撃の情報が伝わり、彰義隊では脱落や逃亡があいつぎ3千人を超えるとも言われた勢力は実質千人ほどに減っているということです。