慶応3年11月16日 龍馬凶刃に倒れる

きょうは慶応3(1867)年11月16日です。きのう夜、京都河原町の醤油商・近江屋で、土佐海援隊隊長の坂本龍馬と陸援隊隊長の中岡慎太郎が何者かの襲撃を受けました。龍馬は即死で、中岡も重傷です。

重傷の中岡や関係者によりますと、昨夜、京都・河原町の醤油商・近江屋の2階の八畳間で、龍馬と中岡が火鉢を挟んで会談していたところ、刺客ら数人に踏み込まれ、斬りかかられたということです。

刺客

龍馬は額を斬られながらも、床の間の愛刀・陸奥守吉行を手にとり、刺客の刀を鞘のまま受け止めますが、さらに額を斬られました。その後、「脳をやられた。もういかん」と言い、死亡したということです。床の間の掛け軸には血の跡が残っています。中岡も全身10数か所を斬られ、重傷です。

脳をやられた。もういかん

犯行時間は午後7時から9時過ぎごろの間とみられています。実行犯は逃走しましたが、幕府の京都見廻組の佐々木只三郎ら数人とみられ、龍馬を斬ったのは小太刀の使い手、桂早之助とみられています。
暗殺を指示した黒幕がいるかどうかは分かっていません。

龍馬

龍馬は、去年、「薩長同盟」を成立させ、幕府に対抗する勢力としたほか、土佐藩の大政奉還建言にも尽力。倒幕側だけでなく、幕府側にも人脈を持ち、重要局面に関わってきました。先月の大政奉還を受け、新政府綱領八策を示すなど、新国家樹立に向け意欲的に動いている中、凶刃に倒れました。33歳でした。
以上、幕末ニュースでした。