慶応3年10月24日 徳川慶喜 将軍職辞職を願い出る

きょうは慶応3(1867)年10月24日です。大政奉還した後も将軍にとどまっていた徳川慶喜が、自ら将軍職の辞職を朝廷に願い出ました。

将軍職辞職を願い出る

慶喜の将軍辞職の願い出は、朝廷から与えられた公職である将軍職を離れることで、武力倒幕派から、慶喜追討の大義名分を奪う狙いがあるとみられます。朝廷は、大政奉還後の方針として、諸大名を集めた諸侯会議を開く予定で、慶喜は将軍を辞めて一大名として出席した上で、会議を主導し、再び実権を握ろうと考えているとみられます。

徳川慶喜

一方、朝廷側は、新政府の体制がまだ整っておらず、慶喜の将軍辞職の願い出をすぐに受理するか取り扱いを検討するということです。

越前福井へ

一方、土佐海援隊の坂本龍馬は、土佐藩の役人・岡本健三郎と京都を出発し、越前福井へ向かいました。大政奉還後の新政府樹立へ向け、四侯のひとりであった越前の松平春嶽の上洛をうながす目的のようです。
以上、幕末ニュースでした。