芸州広島藩も大政奉還提案一方武力討幕派も…

慶応3(1867)年10月6日です。土佐藩の大政奉還建白を受け、芸州広島藩も大政奉還建白書を幕府に提出しました。
今月3日、土佐が幕府に大政奉還の建白書を提出したのに続き芸州広島藩が、薩長と進めていた武力倒幕路線を捨て大政奉還の建白書を幕府に提出しました。


一方、武力倒幕派も、大政奉還論に対抗して、活発な工作をはじめています。京都郊外の岩倉村では、薩摩の大久保利通と長州の品川弥二郎が、公家の急進的武力倒幕派岩倉具視らと密談をもちました。


この席上、岩倉は大久保に対し、〝錦の御旗〟の製作を依頼しました。
錦の御旗は、天皇の軍の象徴で、掲げるには、「幕府を討てという天皇の命令」=倒幕の勅許が必要ですが、勅許は出ていません。
岩倉は、偽物の御旗を使ってでも武力倒幕を正当化し、実行しようという考えです。