慶応3年5月11日 久光 二条摂政と激論

きょうは慶応3(1867)年5月11日です。きのう、島津久光が天皇の側近、二条摂政と交わした激論の詳しい内容が分かりました。

久光 二条摂政と激論

きのう、天皇の側近である議奏の人事を巡り、二条摂政と久光との間に激論が交わされました。久光は自分と親しい公卿の大原重徳、中御門経之らを推薦。しかし二条摂政は、去年崩御した孝明天皇が、久光の推す尊王攘夷派の公卿を嫌っていたとして、「孝明天皇のお考え」=「先帝の叡慮」を持ち出し、難色を示しました。

久光 二条摂政と激論

これに対して久光は、孝明天皇が兵庫開港に反対していたことを踏まえ、「それならば先帝の叡慮に従い、将軍・慶喜が要求しておられる兵庫開港も断然拒否なさるか」と反論。二条摂政が、「暴論なるべし」と激怒すると、久光も、「暴論とはいかなる趣意か」と応じ、激しく衝突する場面もみられました。きょうは朝議が開かれましたが、こうしたやりとりからも、久光ら四侯が望む朝廷人事の実現は難しそうな情勢です。
以上、幕末ニュースでした。