慶応4年7月11日 新政府軍 援軍や補給要請

きょうは慶応4(1868)年7月11日です。一進一退の攻防が続く北越方面の戦況を打開すべく、前線は援軍や補給を盛んに要請しています。

北越で長岡藩と戦っていた薩摩藩兵の幹部・村田新八、西郷信吾らが、京都の薩摩藩邸にいったん帰還しました。目的は、兵の増員と物資の要請です。

要請を受けた家老の岩下方平は、1小隊の増援を決めた上で、村田らを国許に帰し、戦況を詳しく報告させ、援軍を要請させることにしました。

また、新政府北陸道軍参謀で薩摩藩の黒田清隆は、書簡を京都の藩邸に送って戦況を報告し、弾薬・軍用金・毛布など、不足しているものの手配を求めています。

新兵器を配備している長岡藩に対し、弾薬をはじめとする物資が圧倒的に不足しているのが現状です。