慶応4年7月9日 庄内藩 北と南に備える

きょうは慶応4(1868)年7月9日です。奥羽越列藩同盟側だった久保田藩が新政府側につき、庄内藩は、北と南、両方への対応を迫られる事態となっています。

奥羽越列藩同盟の一員だった秋田・久保田藩は、先週、新政府側に寝返りました。同盟側の庄内藩は、北の国境付近に前進した一番大隊に対し、「久保田藩が新政府に寝返ったため、急ぎ久保田に討ち入るべし」と伝えました。

もともと庄内藩は、長岡藩と激戦をくり広げている新政府北陸道軍の北上を警戒していました。しかし今、北の久保田藩が敵となり、彼らの先導で新政府の奥羽鎮撫総督軍が南下を始めています。

庄内藩は、藩内の豪商本間家の支援をうけながら、プロイセン出身の商人スネルから武器を購入し、両面からの攻撃に備えています。