慶応3年12月25日 薩摩藩邸 旧幕府軍が焼き討ち

きょうは慶応3(1867)年12月25日です。このところ新政府と旧幕府の間で緊張が高まっていましたが、けさ、江戸の薩摩藩邸に対し旧幕府軍が焼き討ちを決行。70人あまりが死亡しました。

江戸では、このところ、「御用盗」と名乗る武装集団が、旧幕府寄りの豪商などを襲う事件が連続して起きています。武力で徳川家を討つ大義名分を得るため、旧幕府側から戦闘をしかけさせたい薩摩の西郷隆盛らが、浪士に指示した挑発行為とみられています。

挑発行為

さらにおとといは、江戸を警備する庄内藩の屯所に銃弾が打ち込まれる事件が発生。犯人の逃走先などから、幕閣らは「一連の犯行は薩摩が黒幕」と断定し、旧幕府軍が、犯人の身柄引渡しを求め、三田の薩摩藩邸を包囲しました。

焼き討ち

しかし、薩摩は求めに応じず、庄内藩など旧幕府側は薩摩藩邸に砲撃や焼き討ちを加え、死者は、薩摩側を中心に70人を超えました。 

旧幕府側では、勝海舟らが新政府に対する戦闘を避けようと努力してきましたが、ついに抑えきれない事態となりました。
以上、幕末ニュースでした。