慶応3年12月20日 外交権めぐり新政府は…

きょうは慶応3(1867)年12月20日です。外交権は徳川家にあると欧米列国に主張した慶喜に対し、新政府は対抗策を講じています。

慶喜

王政復古で新政府が樹立しましたが、慶喜は新政府を上回る石高と1万5千の兵を温存しています。大久保利通や岩倉具視ら新政府内の武力倒幕派は、慶喜の力を削ごうと400万石の領地返納を求めました。
しかし、新政府内でも慶喜に同情的な山内容堂らから「徳川家に領地返納を求めるなら、諸侯全てに求めるべき」など異論が出て、返納は実現していません。

山内容堂

財政面・軍事面ともに新政府は日本を実効支配できているとはいえない状況です。
こうした中、新政府内で親幕府派が主導権を握れば、慶喜の新政府参加は確実で、王政復古を主導した薩摩は、窮地に立たされつつあります。

寺島宗則

一方、「外交権は徳川家にある」と外国に宣言した慶喜に対し、新政府側も、対抗策を講じています。欧米に詳しい薩摩の寺島宗則は、きのうから大坂でイギリスの外交官ミットフォードとアーネスト・サトウと会談を行いました。寺島は、国家の体面を考えて領地返納問題が解決してから、外国に向けて新政府樹立を宣言すると伝えました。
以上、幕末ニュースでした。