慶応3年12月19日 新政府樹立めぐり対立

きょうは慶応3(1867)年12月19日です。新政府樹立を諸外国に宣言するための宣言書案が、天皇の承認を得ました。

新政府樹立

大坂城にいる徳川慶喜は、先日外交権は徳川家にあると、欧米列国に宣言しました。
これに対し、新政府側は、諸外国に新政府樹立を宣言する天皇の詔書案を薩摩の寺島宗則がまとめ、きょう天皇から承認を得ました。

挙正退奸の上表

一方、慶喜は国内に対しても自らの正当性を主張しています。
薩摩・長州などが主導した王政復古を「不当」と糾弾し、諸侯を集め薩摩などを除くよう主張する「挙正退奸の上表」をまとめました。
この上表は、朝廷に提出されましたが、岩倉具視が握りつぶしたということです。

御用盗

ところで、新政府側と旧幕府側の対立の火種は関東に飛び火しています。
江戸ではこのところ「御用盗」と称する武装集団が、旧幕府寄りの豪商に押し入り、強奪を繰り返しています。武装集団は、薩摩藩邸を拠点とする浪士という情報もあり、取締りが強化されています。
以上、幕末ニュースでした。