慶応3年11月22日 龍馬死から1週間

土佐の坂本龍馬が暗殺されてから1週間です。海援隊関係者らは悲しみにくれながら対応に追われています。

土佐海援隊隊長の坂本龍馬は、先週15日夜、京都の醤油商・近江屋の2階で、土佐陸援隊隊長の中岡慎太郎と会談していたところ、刺客に襲われました。龍馬はほぼ即死、中岡は17日に死亡しました。

龍馬と中岡の葬儀は、上方にいた海援隊の陸奥陽之助や関雄之助らによって密かに執り行われ、遺体は京都東山の神社の墓地に埋葬されたということです。

龍馬の代理を務める海援隊士の中島作太郎は、長崎で紀州藩といろは丸事件の賠償金交渉を終え、きょう(22日)神戸に戻ったところ、龍馬の死を知りました。

中島は声を上げ激しく泣いたということです。

中島は、長崎にいる佐々木高行に龍馬暗殺をしらせる手紙を書き、手紙は土佐藩の船・空蝉丸で来週にも長崎に届けられる予定です。